モンテーニュ『エセー』の知恵:死とどう向き合い、今を生きるか
はじめに
私たちの人生には、避けられない終わりがあります。老いや死について考える機会が増えるにつれて、漠然とした不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、歴史上の偉人たちは、死を単なる終わりとしてではなく、生と深く結びついたものとして捉え、その思想から私たちに多くの示唆を与えてくれています。
今回は、16世紀のフランスを生きた思想家、ミシェル・ド・モンテーニュの死生観に焦点を当ててみたいと思います。彼の主著である『エセー』は、特定の体系だった哲学書というよりは、彼自身の経験や読書、そして何よりも「自己」についての率直な省察が綴られたものです。「エセー」とはフランス語で「試み」を意味し、まさに彼自身が様々なテーマについて考えを巡らせた記録と言えるでしょう。
モンテーニュが生きた時代は、宗教戦争など混乱が続く激動期でした。また、彼自身も突然の事故で九死に一生を得たり、親しい友人との死別を経験したりしています。そうした中で彼は、自身の書斎に隠遁し、『エセー』を書き始めました。そのテーマの一つに、「死」という普遍的な問題があったのです。
モンテーニュにとって「死について考えること」とは
モンテーニュは、『エセー』の中で繰り返し「死について哲学することは、死ぬことを学ぶことである」という言葉を引用しています。これは古代ローマの哲学者キケロの言葉ですが、モンテーニュはこの考えを自身の中心的なテーマとしました。
彼は、多くの人が死を遠ざけ、考えないようにしている現状を指摘します。しかし、いつか必ず訪れる死から目を背けることは、かえって死への恐怖を増大させると考えたのです。むしろ、死を常に意識し、それに「慣れる」こと、死を受け入れる心の準備をすることこそが重要だと説きました。
では、「死ぬことを学ぶ」とは具体的にどのようなことなのでしょうか。それは、難しい哲学理論を学ぶことではありません。モンテーニュにとってそれは、死が人生の避けられない一部であることを理解し、その可能性を日々の生の中に織り込む試みでした。彼は、死は突然訪れるかもしれないからこそ、いつでも「死ぬ用意ができている」状態であることが大切だと考えました。
死を意識することで「今」をよりよく生きる
一見すると、死について常に考えることは暗いことに思えるかもしれません。しかし、モンテーニュの思想の本質は、死を意識することによって、今生きているこの一瞬一瞬をより豊かに、より大切に生きることにあります。
彼は、死がいつ訪れるかわからないと知るからこそ、目の前の時間を無駄にせず、自分にとって本当に価値のあることに集中できるようになると考えました。将来のためにばかり生きるのではなく、今この瞬間を味わうこと。ありのままの自分を受け入れ、偽りのない自分で生きること。これらが、モンテーニュが死を見つめる中で見出した「よく生きる」ためのヒントと言えるでしょう。
また、モンテーニュは人間の弱さや不完全さを正直に認めることの重要性も説きました。死は万人にとって平等に訪れるものであり、富や名声も死の前には意味をなしません。このことを理解することで、私たちは些細なことに囚われすぎず、よりおおらかな気持ちで生を全うすることができる、と彼は示唆しているのかもしれません。
現代を生きる私たちへの示唆
モンテーニュの時代とは社会状況が大きく異なりますが、彼の死生観は現代に生きる私たちにも通じる多くの示唆を与えてくれます。
私たちは情報過多の社会に生き、とかく未来の不安や他者との比較に心を乱されがちです。しかし、モンテーニュが教えてくれるのは、死という普遍的な事実を受け入れることから始まる心の平安です。死を「遠いもの」として切り離すのではなく、「いつでも起こりうるもの」として心の片隅に置くことで、私たちは今、ここにいる自分自身の生をより深く感じ、感謝することができるのではないでしょうか。
『エセー』に書かれているのは、壮大な哲学体系ではなく、一人の人間が悩み、考え抜いた等身大の知恵です。モンテーニュのように、私たち一人ひとりが自身の死について静かに考えを巡らせる時間を持ち、それが日々の暮らしの中で心の穏やかさや生きる活力につながっていくとすれば、これほど素晴らしいことはありません。
まとめ
モンテーニュの死生観は、「死について哲学することは、死ぬことを学ぶことである」という言葉に集約されます。これは、死から目を背けるのではなく、死を意識することで今この瞬間をより大切に生きるための心の準備をすることでした。彼の思想は、死への不安を和らげ、ありのままの自分を受け入れ、日々の生を穏やかに過ごすための、古今東西に共通する普遍的な知恵と言えるでしょう。
彼の『エセー』は、私たち自身の「死」と「生」についての「エセー(試み)」を始めるための、優しい導きとなってくれるかもしれません。