古今東西の死生哲学入門

アステカ文明の死生観:古代メキシコの宇宙観が示す『死』の捉え方

Tags: アステカ, 死生観, 古代メキシコ, 宇宙観, 異文化

異文化の死生観に触れる

私たちの生きる現代社会において、死はとかく「終わり」として捉えられがちかもしれません。できれば避けたいもの、向き合うのが辛いものと感じる方もいらっしゃるでしょう。しかし、世界の歴史や文化を見渡してみると、死に対する様々な考え方や捉え方があることに気づかされます。

今回は、はるか遠い古代メキシコで栄えたアステカ文明の人々が、どのように死と向き合っていたのかを見ていきましょう。彼らの死生観は、私たち現代人にとっては非常に独特で、時に衝撃的に映るかもしれません。しかし、その根底にある宇宙観や生命観を知ることで、自身の死生観を省みるための新たな視点を得ることができるのではないでしょうか。

アステカの宇宙観と生と死の捉え方

アステカの人々は、世界がいくつかの層から成り立ち、天空には13層、地下には9層の世界があると考えていました。そして、この宇宙は常に変化し、循環しているものだと捉えていました。太陽が昇り、沈み、また翌朝昇るように、生命もまた生まれ、死んで、そして新たな形で循環していくと考えられていたのです。

彼らにとって、生と死は対立するものではなく、宇宙の大きな営みの中の連続したプロセスでした。死は終わりではなく、次の生、あるいは別の状態への移行であり、宇宙全体のバランスを保つために必要なものだったのです。

死後の世界も一つではありませんでした。死因や生前の行いによって、魂が行く場所が異なると考えられていました。例えば、戦で勇ましく死んだ戦士や、生贄となった人々、あるいは出産時に命を落とした女性は、太陽神のそばや楽園のような場所へ行くと信じられていました。一方で、病気や老衰で亡くなった人々の魂は、地下の暗い世界であるミクトランへ向かうと考えられていました。ミクトランへの旅は困難を伴うものとされ、遺族は旅の助けとなるよう、副葬品を納めました。

生贄儀礼が持つ意味

アステカ文明と聞いて、生贄儀礼を思い浮かべる方も多いかもしれません。これは、彼らの死生観や宇宙観と深く結びついています。アステカの人々は、自分たちの生きる世界は過去にもいくつかの時代を経ており、現在の世界もいつか終わりを迎えるという強い危機感を持っていました。そして、この世界を維持し、太陽が毎日昇るようにするためには、神々にエネルギーを捧げなければならないと信じていました。

そのエネルギーこそが、人間の心臓や血、つまり生命そのものだと考えられていたのです。生贄となることは、共同体のため、そして宇宙の維持のための最も尊い行為の一つと見なされていました。生贄に選ばれた人々は、必ずしも悲劇的な存在としてだけ捉えられていたわけではありません。神と一体となる特別な存在として、あるいは共同体に貢献する名誉ある存在として受け止められる側面もあったのです。

この生贄儀礼からは、アステカの人々が、個々の生命を宇宙全体の大きな循環や維持の中に位置づけて考えていたことが伺えます。死は単なる消滅ではなく、新たなエネルギーとなり、世界を生かし続ける力と見なされていたのです。

死者の祭りという交流

アステカの死生観は、現代にも影響を与えています。現在のメキシコで行われている「死者の日」(Dia de Muertos)は、アステカの祖先たちが持っていた死者との交流の思想にルーツがあるとされています。

死者の日には、家族や友人が集まり、亡くなった人々の魂が現世に戻ってくると信じ、祭壇を設けて彼らを歓迎します。そこには悲しみだけでなく、賑やかな音楽や踊り、そして死者の好物だった食べ物や飲み物が供えられます。これは、死者が共同体の一部であり続け、生者と死者がともに存在する世界観を示しています。死は忘れ去られることではなく、記憶され、敬われ、生者の世界と関わりを持ち続けるものなのです。

現代の私たちへの示唆

アステカ文明の死生観は、生贄儀礼など、私たちには理解しがたい側面も多く含んでいます。しかし、彼らが抱いていた「生と死は宇宙の循環の一部である」という考え方や、「個々の生命は大きな繋がりの中に位置づけられている」という視点は、現代の私たちにいくつかの示唆を与えてくれるかもしれません。

私たちはとかく、自分の生を個別の、有限なものとして強く意識し、死を恐れがちです。しかし、もし死を、夜が明けて朝が来るように、あるいは季節が巡るように、自然な循環の一部として捉えることができたなら、死への過度な不安を和らげることができるのではないでしょうか。

また、アステカの死者の祭りのように、亡くなった人々を単に過去の人とするのではなく、共同体の歴史や記憶の一部として、今を生きる私たちと繋がっていると考えることは、喪失感を乗り越え、穏やかな気持ちで日々を送る助けになるかもしれません。

まとめ

アステカ文明の死生観は、彼らの独特な宇宙観と深く結びついていました。生贄儀礼や死者の祭りを通して見えてくるのは、死を「終わり」ではなく、宇宙の循環や共同体の維持にとって不可欠なプロセスの一部として捉える思想です。

異文化の死生観に触れることは、私たちが当たり前だと思っている死への認識を見つめ直す良い機会となります。アステカの人々が生と死を大きな宇宙の営みの中で捉えていたように、私たちも自身の生や死を、より広い視野で考えてみることによって、限りある「今」という時を、より心穏やかに、意味深く生きることができるのではないでしょうか。